2015年11月15日日曜日

坂爪圭吾 × スマナサーラ長老 トークライブ in 二宮

午前中から二宮の町を堪能しまくった私はうっかり電車に乗って帰りそうになり、あわてて駅から方向転換して会場へ向かった。

さて。本日のメインのトークがはじまる!

私は受付を済ませて一番前の席をキープ。

そうしたらすぐ近くに坂爪さんがいたのだけど、他の人とお話したり資料を読んだりしていたので邪魔してはいけないと思い、特に挨拶はしなかった。

今回は鼻ティッシュしてなかったけれど、ダウンジャケットを着込んでいたのでまだ風邪は完全に治ってるわけではないのかな~なんてぼんやりと考えながら開始を待つ。

対談相手のスマナサーラ長老については全く知識もなく、特に予習もしておらず、先入観なくお話を聞ければそれでいいかな~なんて思ってゆるく参加した。

そもそも小乗仏教と大乗仏教の違いについては、

・小乗仏教→修行がメイン。学問的。自己を救済する。

・大乗仏教→ご利益がメイン。信じることで救われる。もしくは自己犠牲によって他者を救済する。そのことによって徳を積む。

・・・・・・私としてはこんな感じかな~(゜-゜) と、大雑把に思っている。ちがうかな?(笑)

どちらにしても、仏教の思想というのはどんなに進んでいっても気がついたら元の位置へ戻ってきてしまうような、永遠のループというイメージが私にはある。

ブッディズムって、インテリ層に人気あるよな~。

ゆとりある人たちの知的欲求を満たしてくれるんだろうな~。

私にはあまり関係ないよな~なんてぼんやりと考えていた。

トークが始まると、色々な質問に対してスマナサーラ長老が熱く答えていく。

なんというか、さすがだなあ・・・と感心。

日本語で力強く語る、異国の僧侶の姿には、それだけで説得力とか救済力があるなあ・・・。

坂爪さんは一人で熱く何かを語るというタイプの人ではないので、ステージに上げられると困ってしまうことも多いだろうけれど、こういうふうにたくさん語ってくれる方が一緒だとやりやすいだろうな~なんて思った。

ちらりと横目で他の参加者のみなさんをみてみると、目を輝かせ熱心に長老のお話に聞きいっておられ、きちんとノートをとっている方もちらほら・・・・。

・(なぜ生きるのかとか難しく考えず)ただ生きていればいい。

・本当の愛は人を自由にする。

・昨日よりは少しましになればいい。

・楽しさとは何かにチャレンジすること

・・・・・等、私のゆるい記憶のなかで、これらのことが心に残っていた。

あと、不安と将来はセットなので、将来という概念を消せば不安は消える・・・とのことだけど、人間が他の動物と違うところは「未来」という時間の概念があることだから、やはり不安は消せないということなのかな・・・。

やはりここで先ほど書いた、仏教の思想に触れるときにいつも感じる、輪っかの中をグルグルまわる出口のないイメージに捕まってしまった。

それでも「現実は想像を超えている」・・・ということは、「未来は想像もつかないくらい素晴らしい」と漠然と思っていれば、不安対策には一番いいのではないかなあなんて思ったり(笑)

他にも、長老は坂爪さんに対して「家のない生活にチャレンジすることで、きちんと仕事をしている。」的なことを仰っていてとても嬉しくなった。

2年前、失恋してホームをレスした自分が今ここでこんな風に対談しているなんて想像もつかなかったという坂爪さんのように、誰もが想像もつかない未来へ進んでいるのだなあ・・・・。

それはいいことも悪いことも長くは続かず、変化して進化して流転して、やがて全てが終わる日を迎えることだけが絶対なのだなあ・・・と、一期一会のこの空間に集まったひとたち全員に、なにか物凄い親しみを感じながら帰路についた。